, ,

1969年Orangeレコードを設立

クリフ・クーパー – 創業者兼CEO

Orangeレコードは、多くの才能あるミュージシャンがOrangeスタジオにデモを録音しに来るが、レコード契約を結ぶのが難しいということに気づいたときに立ち上げたものです。 いい音楽を作り、プロとしての姿勢も持っているミュージシャンなのに、断られる。 という声が増えてきたので、レコード会社「Orange」を立ち上げることにしたんです。

Orangeレーベルの発売を記念した初期の広告

Pye Recordsと英国でのプレスと配給の契約を交渉した。 その後すぐに、世界中のテリトリーでライセンス契約を結びました。

Voice Of The World」のロゴを使ったレコードレーベルをデザインし、スタイリッシュなフルカラースリーブを制作しました。 その後、フラワーパワーが衰退してきた1970年代前半に、レーベルのロゴを変更し、黒地に金色の文字にしました。

Orange

ザ・インフルエンスというバンドにいたジョン・マイルズと契約し、このグループから1969年11月7日に「I Want To Live」というタイトルの最初のリリースを提供されたんだ。 シングルはトップ10に入らなかったが、たくさん売れて、これがジョンのキャリアをスタートさせた。 同時に、ロジャーとクリスティン・ジェフリーを中心としたデュオ「コントラスト」も発表しました。 Hey, That’s No Way To Say Goodbye」は、彼らの最初のシングルである。

Orangeレコードの大人な表情

レコードの宣伝のために「プラッガー」と呼ばれる人たちを雇い、放送を促していたのだが、正直言って私もその一人だった。 そのおかげで、レコードのプロモーションや人脈づくりを知ることができ、ビジネス上の良い友人もたくさんできました。 とはいえ、厳しいビジネスで、プロモーション面では非常にお金がかかった。 ほとんどの作品は売れ行きがよく、音楽専門誌でも好評を博した。 このレーベルは、音楽業界で高い評価を受けるようになった。 今でも、初期のレコードを再販してほしいという要望はたくさんあります。 トップDJのエンペラー・ロスコからは、「Orangeレコードのバックカタログを全部出してくれ」と、いまだに電話がかかってくる…たぶん、いつか出すと思う。