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ベックスリーヒース組立ライン生産

ベックスリーヒース工場長のミック・ダインズ氏。

1973年、私たちはショートガーデンからの引っ越しを検討し、ケント州ベックスリーヒース、アップランドロードのジェームズ・ハウ・インダストリーの近くに場所を見つけた。 ジェームス・ハウは、当時イギリスの代理店で、ロトサウンドの弦も製造していた。 弦楽器を買いに行ったとき、2軒隣の工場の敷地に「売り出し中」の看板が立っているのを見た。 内覧して購入を決めました。 そこで、きちんとした生産ラインを立ち上げ、ベックスレーヒースの地元の人たちを雇って、アンプの組み立てを行いました(生産量は1人1日1台程度)。

1976年頃、ケント州ベックスリーヒース、アップランド・ロード17番地でのスタッフ。Steve, John, Barry, Mary, Mick, Margot, Jan, Viv, Hillary (hidden), Olive, Pete, Chris, Michael, John, Bob.

収納スペースが広いので、梱包用の段ボールをまとめ買いして保管することができました。 ショートガーデンの頃は、キャビネットを1つずつ作ってはダンボールに入れ、また別のキャビネットに取り掛かったものです。 これで、長いベンチの上に20〜30台のキャビネットを並べ、すべてのスピーカーを取り付け、順番に配線することができるようになったのです。 手前が電子工作室、奥がキャビネット製作とパッケージの完成品の配送準備でした。 もちろん、3軒先にイギリスの代理店があることも便利でした。 ベックスレーヒースは、Orangeこれまでとは異なる規模の事業の始まりとなりました。 アメリカの代理店に出す荷物があると、その日のうちに40フィートコンテナが届けられるのです。 ほとんどのスタッフが夜通し働いて、本番を終えてから積み込むのです。

11時にパブが閉まる直前に軽く一杯やって、それからまた荷造りに戻って、最大で100台のアンプと100台のスピーカーキャビネットをコンテナに積み込むんだ。 翌朝にはコンテナが回収され、またシフトに入る。

ギタープレイヤー1975年3月号に掲載された「The Alembic Report USA